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大阪地方裁判所 平成4年(わ)464号 判決

主文

被告人A、同Cをそれぞれ懲役一〇月に、被告人Bを懲役八月に処する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、衣料品製造・卸販売等を営業目的とする株式会社甲内のブルテリア事業部の従業員であったもの、被告人Bは、衣料品小売業を営んでいたもの、被告人Cは、衣料品販売等を営業目的とする有限会社乙の代表取締役であるものであるが、

第一

一  被告人A及び同Bは、衣料品製造、卸販売等を目的とする分離前の相被告人株式会社甲の代表取締役同D、スクリーン印刷を目的とする同株式会社丙の代表取締役同E及び衣料品小売販売業を営む同Fと共謀の上、法定の除外事由がなくかつ著作権者の許諾を受けていないのに、平成三年九月一九日ころから同年一〇月一九日ころまでの間、大阪市東住吉区〈番地略〉所在の株式会社丙のプリント印刷工場において、ほしいままに、イギリス国マーティン・ハンドフォードが著作し、著作権を有する児童図書「ウォーリーをさがせ」の主人公であるウォーリーの姿態等の絵柄を、トレーナー等合計八六〇着に捺染して複写し、

二  被告人Aは、前記Dと共謀の上、同年九月二〇日ころ及び同月二六日ころの二回にわたり、同市中央区〈番地略〉所在の「○○○」ほか一か所において、被告人Cに対し、右ウォーリーの姿態等の絵柄を捺染して複写したトレーナー等合計約一六八着を、代金合計約四七万六八五〇円で販売して領布し、

三  被告人Bは、同年一一月二〇日ころ、同市中央区〈番地略〉所在のタイムズスクエアー内「△△△」において、長田美花子に対し、前同様複製したトレーナー等六着を代金五万円で販売して領布し、

四  被告人Cは、同年一〇月一一日ころ、同市中央区〈番地略〉所在のバッテンショップ内「△△△」において、三木静代に対し、右ウォーリーの姿態等の絵柄を捺染して複写したトレーナー等五着を、それらが、右マーティン・ハンドフォードの専有する複製権を侵害して複製されたものであることの情を知りながら、代金合計二万五二三五円で販売して領布し、

もって、右マーティン・ハンドフォードの著作権を侵害し

第二

一  被告人A及び同Cは、前記D及びEと共謀の上、商標の使用に関して、何ら権限がないのに、同年九月一九日ころ、前記株式会社丙のプリント印刷工場において、アメリカ合衆国エヌビーエイ・プロパティーズ・インコーポレーテッドが被服等(商品区分第一七類)を指定商品として登録を受けている全米プロバスケットボール協会加盟のシカゴブルズチームのシンボルマークである雄牛の顔面図柄の商標(登録番号第一八六〇七〇一号)と同一の商標をトレーナー約五五着に、右エヌビーエイ・プロパティーズ・インコーポレーテッドが前同様登録を受けている右バスケットボール協会加盟のロスアンゼルスレイカーズチームのシンボルマークである「LOSANGELES・LAKERS」のロゴとバスケットボールの図柄の組合わせの商標(登録番号第二〇〇六四五〇号)と同一の商標をトレーナー約五五着に、各捺染して使用し、もって、右エヌビーエイ・プロパティーズ・インコーポレーテッドの商標権を侵害し、

二  被告人Cは、同年九月二七日ころ、前記タイムズスクエアー内「△△△」において、坂本雅信に対し、右雄牛の顔面図柄の商標と同一の商標を付したトレーナー一着及び右「LOSANGELES・LAKERS」のロゴとバスケットボールの図柄の組合せの商標と同一の商標を付したトレーナー一着を、代金合計約九八八八円で販売して譲渡し、

三  被告人Cは、同年一〇月二三日ころ、前記バッテンショップ内「△△△」において、右坂本雅信に対し、右雄牛の顔面図柄の商標と同一の商標を付したトレーナー一着を代金五〇四七円で販売して譲渡し、

四  被告人Cは、同年一一月二六日ころ、前記バッテンショップ内「△△△」において、右雄牛の顔面図柄の商標と同一の商標を付したトレーナー八着を販売譲渡の目的で所持し、

もって、右エヌビーエイ・プロパティーズ・インコーポレーテッドの商標権を侵害し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一  弁護人らは、判示第二の罪につき、被告人A及び同Cは無罪である旨主張するので、この点について裁判所が有罪と認めた理由を補足して説明する。

二1  弁護人らは、商標法二五条本文にいう「登録商標を使用する権利」とは、自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する商標を使用する権利を意味するところ、本件の真正商品であるトレーナーにあっては、その襟ネーム、アウトラベル、下げ札、包装袋に、「競技中の人の図柄」と「NBA」のロゴを組み合わせたマーク(以下「NBAの登録商標」という。)によって商品識別ないし出所表示を行っており、また、被告人らの意図及び商品を購入する一般消費者の認識は、トレーナーの前面中央部に大きく捺染されたプリントの装飾的又は意匠的効果を狙ったものあるいはこれに魅せられたものであって、本件ブルズ・マーク及びレイカーズ・マークは、出所表示等の機能がなく、右マークを捺染し、あるいは、捺染されたものの販売、販売目的所持は、商標権又は商標専用権の侵害に該当しないと主張している。

2  そこで検討するに、商標法における商標保護の法意は、商標が指定商品について商品の出所表示、品質保証、広告宣伝の各機能を発揮するのを違法に妨害する行為から法的に保護することにあるから、商標権侵害罪が成立するためには、他人の登録商標と同一又は類似の標章の使用が「商標的使用」すなわち、「登録商標の正当な権利行使に不当な影響を及ぼす使用」であることを要すると解される。そこで、被告人両名が使用した標章に商品の出所表示等の機能が存するか否か検討することとする。

前掲関係各証拠によって、本件の真正商品と模造商品を対照すると、真正商品には、その襟ネームに、NBAの登録商標及び「OFFICIAL LICENSED PRODUCT」の表示、下札には、NBAの登録商標、サイズ、素材、価格及び製造者名の表示がそれぞれなされ、シカゴブルズのトレーナーには、胸部に「BULLS」のロゴが、背部に「CHICAGO BULLS」のロゴと「雄牛の顔面図柄」の組合せがカラープリント印刷され、ロスアンゼルスレイカーズのトレーナーには、胸部に「LOSANGELES LAKERS」のロゴと「バスケットボール図柄」の組合せが、背部に、「LOSANGELES LAKERS」のロゴがカラープリント印刷され、包装は、NBAの登録商標及び「OFFICIAL LICENSEDPRODUCT」と印刷表示されたビニール袋に収納されていること、被告人A及びCが複製等した模造商品には、襟ネームに「USSR RUNNERS REBELS DESIGNED IN USA」の表示がなされ、シカゴブルズのトレーナーには、胸部に、「CHICAGO BULLS」のロゴと「雄牛の顔面図柄」の組合せがカラープリント印刷され、ロスアンゼルスレイカーズのトレーナーには胸部に「LOSANGELES LAKERS」のロゴと「バスケットボール図柄」の組合せがカラープリント印刷され、下札及び包装がないことが明らかであり、〈証拠略〉によると、伊藤忠商事株式会社が、昭和六三年一月一日米国企業であるNBAインターナショナルとの間で、輸入権を含むナショナルバスケットアソシエーション(全米プロバスケットボール協会)及び同協会傘下チーム等に関する名前、言葉、語句、シンボル、ロゴ及びその他の特徴物が描かれたものを示す公式商標の日本における唯一の独占的ライセンシーであることを確認し、それに基づいて、右伊藤忠商事株式会社とその子会社である伊藤忠アパレル株式会社との間で平成三年一月一日ライセンス契約を締結し、伊藤忠アパレル株式会社が、全米プロバスケットボール協会の公式商標NBAと、全米プロバスケットボール協会傘下のアトランタホークス等二七チームの名称等や、これらに関連する名前、語句、シンボル、ロゴ等をカジュアルウエアーに使用できることとなったこと、伊藤忠アパレル株式会社が平成三年一月からTシャツ、トレーナー、靴下等をNBAブランド商品として販売し、同年九月末までに約一億四〇〇〇万円の売上を上げ、約四〇〇〇万円を費やしてカタログやポスターを製作して商店の店頭等に掲示して宣伝活動をしていたことが認められる。また、前掲の被告人A及び同Cの供述によると、被告人Cは、大阪市中央区〈番地略〉所在のバッテンショップ内に「△△△」の店舗を設け、平成三年一〇月一〇日開業することを企画し、アメリカンカジュアルのトレーナーを造ってこれを販売しようと考え、衣料品卸の「レイファボーレ」でシカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズ等の一〇種類位の韓国製のパーカーやトレーナーを仕入れ、平成三年九月上旬ころ、被告人Aに対して、右一〇種類位のパーカー等を示して、サンプルと同じ図柄のトレーナーを製造してくれるように依頼したこと、被告人Aは、平成二年五月末ころ株式会社甲の衣料品デザインや製作を担当する「ブルテリア」の代表者として雇用され、オリジナルの商品を作成、販売していたが、売上が芳しくなかったことから、平成三年五月ころ右株式会社甲の代表取締役Dからコピー商品を作成するよう指示されていたところ、前記被告人Cからサンプルと同じ図柄のトレーナーの製造を依頼されて、これを承諾したことが認められる。

以上のとおり、真正商品において、襟ネーム、下札、包装に、NBAの商標であることを表示しているものの、シカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズの前記商標は、一般的に、トレーナーの胸部及び背部にカラープリント印刷されて使用されており、本件模造商品も真正商品と同様にトレーナーの胸部及び背部にカラープリント印刷されているのであって、その使用形態において同一であり、被告人A及び同Cが本件各商標を使用しようとした意図は、その意匠的効果よりも、いわゆるコピー商品を製造し、消費者においてNBAのブランド商品と混合することを期待して本件商標を使用したものであり、一般消費者においても、NBAのブランド商品の特徴的表象である全米プロバスケットボール協会傘下の各チームの名称等に注目して商品を識別していることは明らかであり、当時衣料品販売業界において、NBAのブランド商品のコピーも出回っていたことからすると、右ブランドは著名であって、これらの事情を総合すると、本件シカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズの前記商標は、商品の出所表示等の機能を有していたと認めることができ、本件が商標権侵害行為に該当することは明白であると言わざるを得ない。

3  したがって、この点に関する弁護人らの主張には理由がない。

三1  次に、弁護人らは、被告人A及び同Cは、本件シカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズの前記商標が登録されているとの認識を有しておらず、商標法違反の故意は認められない旨主張しているので、更に検討する。

2  商標法七八条所定の商標権侵害罪が成立するためには、他人の登録商標であることを認識しながら、同一又は類似の商標を使用しようとする故意が必要であることは弁護人指摘のとおりである。

前掲関係各証拠によると、被告人Aは、高校卒業後、約五年間衣料品の製造卸業等の会社に勤務し、主に販売員、営業企画員として働き、平成二年五月ころに株式会社甲の衣料品デザインや製作を担当する「ブルテリア」の代表者として雇用され稼働していたものであり、衣料品販売及び製作について相当の経験を有していること、被告人Cは、平成元年九月ころ衣料品販売、各種イベント企画を目的とした有限会社乙を設立し、平成三年二月ころから衣料品の販売を始めていたものであり、衣料品販売について被告人A同様経験を有していること、衣料品販売及び製作において、商標等に関する知識が重要であると認められること、その当時までに、偽ブランドの時計、ゴルフクラブ、バッグなどの事件が検挙され、新聞等で多数回にわたって報道されていること、被告人A及び同Cにおいても、同業者の逮捕、検挙に関して関心を持っていたと認められること、被告人A及び同Cにおいて、他人の版権を侵害しないように注意を受け、あるいは、建物等の賃借の際の条件においてコピー商品を扱わないように注意されていたこと、被告人A及び同Cにおいて、日常的なコカコーラ等の登録商標の存在を知っており、著名なロゴ、図柄が登録されているものとの認識を有していることなどが認められ、これらの事情を総合すると、被告人A及び同Cにおいて、商標の登録制度があることを認識していたことは明らかであり、被告人A及び同Cにおいて、捜査段階で商標登録制度を知らないとは全く弁解しておらず、被告人Cにおいて、「登録制度の詳細は知らないが、登録された図柄や名前を勝手に使用できないことはわかっていた」旨供述していることに照らすと、登録制度自体を知らなかったとする被告人A及び同Cの当公判廷における供述はにわかに信用できないと言わなければならない。

次に、伊藤忠アパレル株式会社が、平成三年一月一日ライセンス契約を締結し、Tシャツ、トレーナー、靴下等をNBAブランド商品として販売し、同年九月末までに約一億四〇〇〇万円の売上を上げ、約四〇〇〇万円を費やしてカタログやポスターを製作して商品の店頭等に掲示して宣伝活動をしていたことは前記認定のとおりであり、〈証拠略〉によると、Eが平成元年八月ころから平成二年七月ころまでの間、トレーナーやTシャツの販売店「×××」において、いわゆるアメリカ物を扱い、人気のあったプロバスケットボールのシカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズ、デトロイトピストンズのシンボルマークをトレーナーに捺染したものを販売しており、平成二年の秋から平成三年の春にかけて、株式会社甲においても、シカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズ、デトロイトピストンズのシンボルマークをつけたトレーナー等を販売していたことが認められるのであって、これらの事情によると、NBAブランドの商品は当時衣料品販売業界において相当著名になっていたと認めることができる。また、前掲関係各証拠によると、被告人A及び同Cにおいて、ルイ・ヴィトンのLとVの組合せからなる文字などが法的に保護されていることや、アメリカの大リーグやアメリカンフットボールのチームのシンボルマークなども同様に保護されていることを認識しており、しかも、本件のシカゴブルズ、ロスアンゼルスレイカーズの商標がアメリカのプロバスケットボールチームのチーム名称、シンボル、ロゴであることを知っていたことが認められる。すると、被告人A及び同Cは、当該商標が、アメリカのプロ野球やフットボールのチームの商標と同様に、世界的に通用するマーク、デザインであることを認識していたことは明らかである。これらの事情に、衣料品の製造業を営む被告人A及び衣料品販売業を営む被告人Cにおいて、商標登録の有無を確認することなく、いわゆるコピー商品を製造しようとしたものであり、当該商品が製造業者名を秘して製造されていることなどを併せ考慮すると、右被告人両名が当該商標が現実に登録されていることを確定的に認識していなかったとしても、少なくとも、他人の登録商標を無断で使用することになるかも知れないことを認識していたことは明らかであると言わなければならない。

3  この点に関する弁護人らの主張も理由がない。

四  以上のとおり、弁護人らの主張はいずれも採用しない。

(法令の適用)

一  罪条

(被告人Aに関し)

判示第一の一、二の所為につき

包括して著作権法一一九条一号(但し、判示第一の一につき、更に刑法六〇条、判示第一の二につき、更に刑法六〇条、著作権法一一三条一項二号)

判示第二の一の行為のうち、各商標権につき

いずれも刑法六〇条、商標法七八条

(被告人Bに関し)

判示第一の一、三の所為につき

包括して著作権法一一九条一号(但し、判示第一の一につき、更に刑法六〇条、判示第一の三につき、更に著作権法一一三条一項二号)

(被告人Cに関し)

判示第一の四の所為につき

著作権法一一九条一号、一一三条一項二号

判示第二の一、二の所為のうち登録番号第一八六〇七〇一号の商標権に関し、及び判示第二の三、四の所為につき

包括して商標法七八条(但し、判示第二の一につき、更に刑法六〇条、判示第二の四につき、更に商標法三七条二号)

判示第二の一、二の所為のうち登録番号第二〇〇六四五〇号の商標権に関し

商標法七八条(但し、判示第二の一につき、更に刑法六〇条)

一  科刑上一罪の処理

(被告人A、Cに関し)

判示第二につき

刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の重い登録番号第一八六〇七〇一号の商標権侵害の罪で処断)

一  刑種の選択

(被告人三名に関し)

いずれも懲役刑

一  併合罪の処理

(被告人A、Cに関し)

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第二の罪の刑で処断)

一  刑の執行猶予

(被告人三名に関し)

刑法二五条一項

(裁判官小坂敏幸)

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